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更新日:2024年11月21日
市政全般について理解を深め、それぞれの立場から市政に対する提言や意見をいただくとともに本市の観光や特産品等の市外への紹介、宣伝など本市のイメージアップにつながる活動及び本市への企業誘致や移住促進につながる活動を通じて、市政の発展に寄与していただくため、霧島大使を設置しています。
2008年4月に「鹿児島県立牧園高校」(霧島市)と「鹿児島県立栗野工業高等学校」(湧水町)の合併で開校された「鹿児島県立霧島高等学校」の校歌「霧島の空〜Walking To The Future〜」の作詞作曲を担当し、開校式に自身も出席し、同校歌を披露した。以降、本市の魅力の発信や活性化、子供たちの育成に携わっていただいている。
本市出身で、現役時代は、オフシーズンの帰郷の際に小中学生に野球教室を開くなど、子ども達に夢と希望を与える活動をして頂いた。プロ野球選手、指導者、解説者として30年以上過ごした実績から名古屋をはじめ全国のネットワークを生かし、観光を中心とした本市の情報発信をしていただいている。2024年10月、中日ドラゴンズの一軍監督に就任。
宮城野部屋所属の元大相撲力士、第69代横綱(2007年7月場所~)。得意手は右四つ、寄り、上手投げ。新燃岳噴火に際しての災害支援や難病を抱えた少年への応援活動、霧島場所の開催など、本市との深い縁もあり、多方面にわたるご尽力をいただいている。現在は宮城野親方。
霧島国際音楽祭の音楽監督を務める名実ともに日本を代表するチェリスト。桐朋学園大学院大学教授、財団法人サントリー音楽財団理事長、サントリーホール館長。本市で毎年開催される世界的な国際音楽祭の音楽監督を務められている縁により、日本はもとより世界へ向けて本市の魅力の発信を行っていただいている。
本市出身で井筒部屋に所属していた元大相撲力士。最高位は東大関。1975年(昭和50年)3月場所で初土俵、序二段時代の1976年(昭和51年)5月場所後に故郷の霧島山にちなんで霧島へ改名。現役時代の体格は身長186cm、体重130kg。得意手は左四つ、寄り、吊り、出し投げ。現在は陸奥親方。
2013年、東日本大震災2日後に開催された「第20回霧島市・上野原縄文の森駅伝大会」に、日本全国が混乱するなか数々の困難を乗り越えご参加いただいた。以降、同駅伝大会にゲストランナーとして参加し、市内外のランナーや子どもたちと共に走り、汗を流し、会場を盛り上げ、市民との交流機会をつくるなど、本市スポーツ・文化振興、さらには健康増進の一役を担っていただいている。
2014年2月に開催した「第7回霧島市健康福祉まつり」において、大会のメイン行事である講演会の講師を務めていただいた。以降、同氏がアナウンサーを務める情報バラエティ番組等で本市の魅力や情報発信をしていただいている。
2015年に西田氏自身で企画・製作した「霧島の花嫁」は、少年期の思い出深い1年を過ごした霧島市への恩返しとして、霧島を舞台にした人情味あふれる作品となり、また、霧島市の観光発展にも貢献したいという強い思いが込められている。舞台公演等を通じて、本市の魅力や情報を全国に発信していただいている。
2009年に同郷の西田聖志郎さん等で製作した「六月燈の三姉妹」に出演し、劇場において鹿児島弁による芝居が大好評を得た。また、2015年に発表された「霧島の花嫁」をはじめ、多数のテレビやラジオ、舞台に出演し、本市の魅力や情報を発信していただいている。本市出身。
2009年より霧島国際音楽祭におけるコンサートでの指揮者として参加され、「指揮者マイスタークラス」の講師や「キリシマ祝祭管弦楽団」公演の指揮者として活躍される。また、霧島国際音楽祭期間中に市内の中高生への音楽指導や霧島国際音楽祭を通して音楽の素晴らしさを伝えるなど、本市の文化振興に大きく貢献されている。
本市出身で、2014年にドラフト6位で千葉ロッテマリーンズに入団し、2016年シーズンから安定した成績を収め、2017年シーズンは開幕から先発ローテーションの一角に定着。また、プロ野球選手としての活躍だけでなく、熊本地震の復興イベントに参加するなど社会貢献活動にも取組んでいる。
2017年6月、日本サッカー協会が主催する「ユメセンサーキット2017」の一環として、本市の国分西小学校で「夢」をテーマに講演を行っていただいた。サッカーを通して市民との交流を行い、次代の霧島市を担う青少年の健全育成、本市のスポーツ・文化振興の一役を担っていただいている。
本市出身で、2013年ドラフト1位で広島東洋カープに入団。プロ入り後は1年目の2014年シーズンに二桁勝利をあげ新人王を獲得し、2018年シーズンでは自身初の最多勝利投手賞・最高勝率投手賞を獲得し、球団初のリーグ3連覇に大きく貢献している。また、プロ野球選手としての活躍だけでなく、森林整備のイベントに参加するなど社会貢献にも取組んでいる。
本市出身で、2013年に自衛隊体育学校へ入校。2018年には全日本柔道連盟の強化選手に選考され、多数の国際大会において活躍をみせる。東京2020オリンピックでは柔道女子78kg級に出場し、金メダルを獲得。2021年11月18日に、本市では初となる市民栄誉賞を贈呈している。
(写真調整中)
音羽山部屋所属の大相撲力士。現在の最高位は東大関。師匠は第5代おじゃんせ霧島大使である陸奥一博氏であり、陸奥部屋に所属していた令和5年5月、大関に昇進。親方の四股名を受け継ぎ「霧島」に改名。霧島の名を背負って活躍している。
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